内北浜通 うちきたはまどおり

内北浜通(Uchikitahama-dori St.)

内北浜通

かつては北の濱といわれ、北に向いて家屋の建つ広い浜でした。水運による交流が盛んになるにつれ、家屋が建ち並び、ここに二つの通り(内北浜通と北浜通)が出来ました。さらに長崎貿易や各藩の諸物産の集散地として、金相場会所、俵物会所、銅座などとともに各種問屋、両替屋などが立地し、経済・金融取引のまちへと発展しました。

福澤諭吉と適塾

重要文化財

天保5年(1835)大阪・堂島の中津藩屋敷で生まれた福澤諭吉は、安政2年(1855)適塾に学び青春時代を過ごしました。安政5年(1858)江戸に出て蘭学塾を開き、慶応4年(1868)慶應義塾を開設します。そして明治6年(1873)最初の分校が大阪に開校されました。大阪慶應義塾の碑が北浜2丁目に残されています。

緒方洪庵と除痘館

医師・緒方洪庵は、コレラの治療、天然痘の予防などに大きな貢献をしています。嘉永2年(1849)多くの医師とともに、当時多数の死亡者を出していた天然痘の予防のため、除痘館を古手町(現・道修町4丁目)に開設し、種痘を行いました。万延元年(1860)今橋3丁目に移し、各地に種痘ワクチンを送るなど普及活動に尽力しました。

 

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